>【コミケ】
>娘2人と東京ビックサイトにいる(>_<)
>すごい人だらけ(^_^;)
中学生の姪っ子がコミケデビューしたらしい。
と、言っても、同人誌購入目的の来場デビュー。
お目当ては、けいおん と ヘタリア だそうだ。
まさか妹も、若い頃、姉が同人誌を抱えて足繁く通っていたあの即売会へ
娘につきそう羽目になるとは思わなかったか。(爆)
▼ ビッグサイト
(わたしは”骨董ジャンボリー”でしか行ったことがないが・・・)
コミケ = コミックマーケット はマンガに興味がない方でも一度は耳にしたことがある
社会現象ともされる日本最大の同人誌即売会だ。
私が、同人誌を作成して参加していた頃は、参加サークル数がまだ100サークルに
達していなかった。
初参加した1976年 ”コミケ3”に持ち込んだオフセット誌は
まだコピー誌ばかりの中で「すげーー!オフセット誌だ!」と驚かれた。
今のような簡易印刷によるオフセットはなく、活版印刷で高額になるためオフ誌は
とても珍しかった。
当時B5版150px600部で60万円ほどかかったと記憶している。
当然、メンバーの持ち寄り金でつくったので、完売目指してのコミケに参加だった。
▼ 今手元にあるのはこれだけ。他は実家の押入にあるはず・・・・
渋谷駅の「ばら苑」という喫茶店でコミケ準備委員会だったか、設営会が行われ
参加サークルは当日の設営段取りをした。
参加サークルや入場者が増えるとともに、スタッフの数も増えていった。
▼<コミケット・グラフティ> 朝日出版社
コミケットが始まって10年目の1985年に発行された。
▲ 裏表紙にうちの裏本も・・・・
(オフセットの本誌より、青コピー誌が米沢さんの好みだったようだ)
知った顔ばかりのスタッフで、顔パスしていた会場の出入りだったが、
手ぶらで出てしまった会場に戻ろうとしたら呼び止められ、
サークルスタッフ(売り子)であることのチケットかなにかの提示を求められた時、
”コミケ・・・・大きくなったじゃん”と思った記憶がある。
私が参加し始めた頃は、漫画家になりたい人が集まる創作同人誌が主体だったが
その後はアニパロ(アニメのパロディー)、ロリコン、コスプレと、多方面で
コミケはどんどん大きくなっていった。
最後のコミケ参加は、
1996年の 「さよなら晴海!! コミケットスペシャル」
コミケ会場の東京国際見本市会場が晴海からビッグサイトに移る際のさよならイベント。
当時はもう活動もしていなかったが、招待サークルによる同人誌即売会だということで、
ご指名(?)をいただいたので、老骨にむち打って1冊つくる。
▼ オフ誌もコミケ参加もこれが最後だったなあ
▼ 裏表紙
もう何年も前になるが、”よねやん”こと米沢さんが他界されたことをTVニュースで
知った。 そしてその後そのよねやんの記念館があることを知った。
米沢嘉博記念図書館
http://www.meiji.ac.jp/manga/yonezawa_lib/
このサイトで、”あにじゅん”こと亜庭じゅんさんが他界したことを知ったのは去年の今頃
だったろうか。 MGMにも何度も参加させていただいた。
私よりは一世代上の方だが、それにしてもみんな早すぎるだろ。
どんどん大きくなる即売会イベントの中で、あちらには私の記憶はなくても
わたしにはまだサークル数の少ない時に、気軽に声をかけていただき
かけさせていただいた方達の訃報はとても切ない。
姪っ子にちょっと昔話のひとつもしてみようかと、コミケで検索してみたら
コミケの公式サイトがあった。
姪っ子が出かけた去年12月コミケは参加サークル数 3万5千サークル。
来場者数 3日間トータル 50万人だそうだ。
そのサイトの中に「コミックマーケット年表」を見つけた。
http://www.comiket.co.jp/archives/Chronology.html
コミックマーケット6
7月30-31日 100 サークル 推定2,000 人
大田区産業会館 イベント:
「アズ漫画研究会」「スクランブル残党」「楽書館」による原画展示を行った。
↑
これがうちの会名である
青春の足跡がそこにある。
パソコンの後ろから、
”奥さん、なんだか幸せそうだね”と夫から声がかかる。
そりゃあ、もちろん。
コミケがつぶれない限り、活動した会名がここに残っているってことよ。
おいしいじゃん!
コミケよ! 永遠に!
みんな、還暦になったら同窓会やろうね!
シアトル駐在時に疎遠になってしまったメンバーの所在確認をしよう。
私の老後が楽しくなるよう、みんな長生きしてね。
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